アージー・グリース

アージー・グリース(Arje Griegst)はデンマーク王立芸術学院卒業後、金細工の芸術家としてスタジオを設立。ロイヤルコペンハーゲン社の陶器、クリスタルガラスのデザインを手がけ、エルサレムのベザレル芸術学院教授、デンマーク王室の金、プラチナ、オーストラリアオパールの宝飾細工の第一人者として活躍しました。
1998年3月、デンマーク女王マルグレーテ2世の宝飾身装デザイン大賞を受賞しています。
1年1作主義の為作品数はそれほど多くありませんが、フィレンツェ、パリ、ロンドンでの人気は高く、高額でもあり、入手困難の作品が多いです。

略年表

1938年
コペンハーゲン生まれ。金細工芸術家バルグ・グリースの息子として生まれる。幼少の頃から父親の工房で修業。デンマーク有名工房で修業。
1960年
王立芸術学院にて学位単位を取得し卒業。スタジオ創設。
1967年
エルサレムのベザレル学院にて教鞭をとる。
1972年
ロイヤルコペンハーゲン磁器工場で制作開始。
1974年
デンマークで名誉として与えられるマスター職人賞授与。
1977年
コペンハーゲン王立学院よりビンデスボル勲章を授与。
1977年
倉敷チボリ公園プロジェクト参加。

■著名作品■

  • ロイヤルコペンハーゲンシェルシリーズは世界の王室で愛用されている名陶
  • “トリトン”テーブルセット(ロイヤルコペンハーゲン)
  • “クサナドゥ”グラス(ホルムガルド/グラスヴァルク)
  • デンマーク女王マルグレーテ2世の王冠
  • デンマーク薬剤師連合の内装ブロンズ燭台
  • チボリ公園ブロンズと御影石の噴水
  • オパールを彫刻した宝石他

アージー・グリース氏回想録

常岡北欧現代美術館 館長 常岡琢磨


アージー・グリース氏とは、25年来の交流があるのだが、連絡を取ろうとして返事がなく、デンマークの友人に問い合わせても誰も消息を知らず心配していたところ、アージーの息子から訃報が届いた。
ここ何年か体調が不安定で、ほとんど作品を発表せず、療養に専念している事は知っていた。
何年前になるだろうか、「父が会いたがっている」と息子から電話があり、「容体が落ち着き会えるようになったら連絡するので来てくれ」と言われていたからだ。
元気になるのをずっと待っていたが、とうとう会うことなく逝ってしまった。
ジョン・デューク、リーフ・ジェンセン、ヴィヨン・ヴィンブラッドに続き、とうとうアージーまでも…北欧を訪れるたび飲み明かし、語り明かした大切な友が、また1人居なくなった。

アージーとの出会いは、オーストラリア、ヴィクトリア州メルボルンで開催された“アメリカンズカップ ヨットレース”の会場で、ヴィクトリートロフィーのイニシャルがアージー・グリースデザインであることを大会委員から知らされ、その卓越した技法に魅せられ面会を申し込んだことから始まる。
アージーがデンマーク人で、北欧で著名なアーティストであるという彼に、興味を持ったのが最初の出会いのきっかけだった。

1. ARJE GRIEGST アージー・グリース

アージー・グリース氏は、北欧において最大の著名現代アーティストとして活躍していた。
64歳頃の彼は創作活動も旺盛で、デンマークのコペンハーゲンに彫金アトリエ、イタリアのピエトロサンテに造形ワークハウス、フィレンツェに画廊、パリに自宅兼アートスタジオを構えて、現代の一流作家として、ヨーロッパでの名声を不動のものとしていた。

有名ブランドであるロイヤルコペンハーゲンのポーセリンや、クリスタルグラスのシニアデザイナーや、デンマーク王室の女王マルグレーテ2世の冠の作者として知られ、宝飾工芸現代作家としてクリスチャン・ディオールなどで活躍し、レゴランドのプロデュースデザイナーとしても著名だった。

『七海洋噴水』原画ブロンズ噴水『七海洋噴水』

アージー・グリース氏は創作噴水工芸家でもあり、アコヤ貝をモチーフとした『七海洋噴水』原画は、150cm×220cmのパステル画だ(作者価格920万円)。
後に約2年間かけて、デンマークコペンハーゲンチボリ公園、倉敷チボリ公園設置のブロンズ噴水が制作された。(設置価格5,770万円)

2. アージー・グリースとロイヤルコペンハーゲン

<トリトンホワイト>

全てのロイヤルコペンハーゲンの中で最も想像力に富んだものは、1984年アージー・グリースが創作したトリトンホワイトである。表面は滑らかで丸みを帯びており、巻き貝の貝殻をモチーフにしている。
カップや皿の取っ手は螺旋状で、巻き貝の通道の様にくるくると巻いている。
水差しやテリーヌ(蒸し焼き用の陶製食器)の蓋は、巻き貝の素晴らしい渦巻きを浮き彫りにしている。
このトリトンシリーズは、ただ見て楽しめるだけでなく、幻想と機能との間の微妙なバランスがあり、多数のロイヤルコペンハーゲンポーセリンの中でも、アーノルドクローやブルーフルーテッドと並び賞賛されている。

トリトンホワイトトリトンホワイトトリトンホワイト

3. 友人“アージー・グリース”

パリ、セーヌ河畔のアージー・グリース氏の自宅兼アトリエを訪ねた。
コペンハーゲンの本宅とは違って、アトリエ中心の居宅でクレパスとオイルペイントがあちこちに散乱していて、いかにも彼らしい雰囲気があり、デンマークでNo.1アーティストと言われる彼の居宅にしては、それ程の派手さは感じられない。

彼に言わせると「芸術家はあまり財産は持たない方が良い」「自分の個性が消えて、いつしか商業ベースの中心にのめり込んでしまい、安直な作品を創ってしまう」と。
とは言え、さすが大家らしくサンルームの約40坪はあろうかというアトリエには、キャンバスが7本無造作に立っており、その内の1枚に私が見入っていると、ただ一言「あと1年かかる」と言ってオイルペイントで汚れたコーヒーカップを無造作に差し出した。

倉敷チボリの噴水については熱っぽく語り、「イタリアのフィレンツェのワークハウス(作業場)は、とにかく広いし自分が一番気に入っているリラックスできる所だ。4月にチェックに来る時には泊まっていくと良い。5人でも10人でも大丈夫だ」と言い、フィレンツェで仕事するのが自分にとっては最高であると言った。

日本でアージー・グリースの作品個展を開きたいとの、私の説明にも好意をもって聞き入れ、「やるからには必ず成功して欲しい。私は商業ベースの事はわからないが、日本人の専門家の目は鋭い。私の付き合った藤田(多分フジタツクジ画伯の事)も一流になる為にはずいぶん苦労したようだ。倉敷チボリの噴水の原画も、日本に出すかどうか、もう一度考える。私が日本に出かける事がエンターテイメントであるならば、それも考えてみる」と語った。

イタリア・ピエトロサンテのアトリエコペンハーゲンの自宅兼スタジオ

(左より、イタリア・ピエトロサンテのアトリエ、コペンハーゲンの自宅兼スタジオ)

平成12年 常岡琢磨コペンハーゲン交友録より平成12年 常岡琢磨コペンハーゲン交友録より

(平成12年 常岡琢磨コペンハーゲン交友録より)


アージー・グリース氏の家族と共に、コペンハーゲン中央駅付近にて撮影。
この頃彼は軽度のパーキンソン病に罹り、左足をいためて歩行に少し影響が出ていた様だった。

アージーとは妙に気が合い、コペンハーゲンやパリの街をよく歩いたものだ。
ウィンドウを見て、気に入ったものがあると店に飛び込み、お揃いのネクタイやシャツを買ったりもした。


リン・ウッツン氏とヴィンブラッドレストランにて

私の時間が空くと、リン・ウッツン氏やアージー・グリース氏が、ヴィンブラッドレストラン等によく案内してくれたものだった。
この写真は10月3日で、私の誕生日祝いをしてくれた時に撮影したもの。
彼がもうこの世にいないという事が未だに信じられず、アートスタジオに行けば今も会える気がする。
誇り高い彼は、病床の姿を見られたくなかったのだろう。
それでももう一度会いたかった。残念で仕方ない。

2018年3月 常岡琢磨(写真撮影:常岡琢磨)